
| 7世紀に入ると、反乱や豪族どうしの争いが多くなり、中でも蘇我氏が 物部氏を滅ぼすと、その勢力は朝廷と並ぶほどの強大なものとなった。 特に聖徳太子の在世中は朝廷に協力的だった蘇我氏も太子が亡くなると政 治の実権を握り、横暴さを増し、あたり一円を思うままにして民を苦しめ ていた。その中心人物が蘇我入鹿である。 そして、蘇我一族の横暴を阻止するために立ち上がった中大兄皇子(後の 天智天皇)中臣鎌足(後の藤原鎌足)は力を合わせて入鹿を討つことに成 功する。 その舞台となったのが<飛鳥・板蓋宮大極殿>と言われている。 |